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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)612号 判決

上告人(原告)

亡三浦義見相続財産

被上告人(被告)

高橋正人

ほか一名

主文

原判決中上告人の慰藉料請求を棄却した部分を破棄する。

前項の部分につき本件を仙台高等裁判所秋田支部に差し戻す。

上告人のその余の上告を棄却する。

前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人代表者廣嶋清則の上告理由第一点について

原審は、亡三浦義見が、本件事故により受傷し、一七時間後に死亡したことによつて精神的損害を被り、慰藉料請求権を取得した、との上告人の主張について、死者がその死亡自体によつて精神的苦痛を被り慰藉料請求権を取得するというのは背理であること、死者の近親者の精神的損害については民法七一一条の適用ないし類推適用により適切な救済ができること、死者自身が慰藉料請求権を取得し、かつ、それが相続の対象となると解することは、本件のように相続人不存在の場合には、それが相続財産法人ひいては国庫に帰属することになり、被害者の救済を本旨とする慰藉料制度の目的からみて不当な結果となること、などを理由としてこれを排斥している。

しかしながら、ある者が他人の故意・過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利即ち慰藉料請求権を取得し、その者が死亡したときは、右慰藉料請求権は当然に相続の対象になるものと解するのが相当である(最高裁昭和三八年(オ)第一四〇八号同四二年一一月一日大法廷判決・民集二一巻九号二二四九頁、昭和四四年(オ)第五五五号同四四年一〇月三一日第二小法廷判決・裁判集民事九七号一四三頁、昭和四四年(オ)第四七九号同四五年四月二一日第三小法廷判決・裁判集民事九九号八九頁)。そして、民法七一一条は、死者の近親者に固有の慰藉料請求権を認めたものであるから、同条があるからといつて死者の慰藉料請求権を否定する理由とはなりえないし、また、死者自身の保護のために慰藉料請求権を認めるにあたつては、その者に相続人が存在するかどうかは直接には関係がないものというべきである。

したがつて、原審は、慰藉料請求権及びその相続に関する民法の解釈を誤つたものといわざるをえず、この違法が原判決中上告人の慰藉料請求を棄却した部分に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中右の部分は破棄を免れない。そして、右の点については更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、この点に関する上告は理由がない。

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧圭次 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進)

上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

すなわち、原判決は、死者がその死亡自体により精神的損害をこうむり、その慰藉料請求権を取得するというのは背理であつて採用できないとして、亡三浦義見自身の慰藉料請求権の取得および同請求権の相続を否定する。しかし、ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得するものというべきであつて、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に右慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である。というのは、損害賠償請求権発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによつて、別異の取扱いをしていないし、慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるが、これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となり得ないものと解すべき法的根拠はないからである。とすれば、本件においては、三浦義見自身が慰藉料請求権を直接取得したものというべきであり、また同人死亡により右慰藉料請求権が相続の対象となり、これによつて、同請求権が本件相続財産を構成するに至つたものというべきである。しかるに、右と異なつた見解に立つ原判決は、慰藉料請求権の性質およびその相続に関する民法の規程の解釈を誤つたものというべきであつて、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決は破棄を免れないものである。

第二点 原判決には理由不備の違法がある。

すなわち、原判決は、三浦義見の逸失利益を算定するにあたり、証人三浦嘉記治、同三浦チセの証言および事故前のわずか七二日間の稼働状況のみによつて、月収額を金一〇万円と推認し、これを六七歳までの三五年間を通じて一定不変のものとして、算出をしているものであるが、かかる原審の算出方法は、三浦義見の稼働の意思、意欲を十分な資料にもとづかずに認定するものであり、また同人の年齢、健康等の要因を考慮せずに稼働能力を推認したものというべきであつて、この点において原判決は理由不備の違法をおかしているものといわなければならない。

以上

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